二〇二五年現在、軍事力で見る東アジアと、経済力で見る東アジアは、ズレが大きくなった。四つの核保有国(アメリカ、ロシア、中国、北朝鮮)の利害が交錯して危険だと見るか、貿易が盛んに行われ戦争が起きても誰も得しない構造になりつつあると見るか、目線のバランスが難しくなった。
日本は、北朝鮮の脅威を背景に、有事に備えた防衛政策が議論される。主に想定される有事の中に、北朝鮮が韓国に進軍する「朝鮮半島有事」がある。沖縄の米軍基地に駐屯するアメリカ海兵隊は、その際に出動する可能性が高い。
朝鮮半島有事の歴史的経緯は、第一次世界大戦中の一九一七年まで遡る。ロシア革命でソ連が成立すると、その後、社会主義の波が朝鮮にも波及し、やがて日本の植民地支配に抵抗する「抗日」の間で急進左派と保守右派の亀裂が生じた。
当時から社会主義を信奉する人的基盤と資本主義を信奉する人的基盤の両方を朝鮮は抱えていた。
そして一九四五年、日本による三十五年間の統治から解放された朝鮮は、北がソ連、南がアメリカの統治区域となった。北側は社会主義国家である朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を、南側は資本主義国家である大韓民国(韓国)をそれぞれ宣言し、分裂が固定化された。
朝鮮が近代化し、大国に負けない国家として成立するための統治体制を、北朝鮮と韓国が宣言し合ったのだ。国境線は人工的かつ恣意的なもので、実際は韓国にも社会主義国家を望む者はいたし、北朝鮮にも資本主義国家を望む者はいた。
一九五〇年、北朝鮮が南に侵攻を開始し、朝鮮戦争が勃発した。この戦争は、冷戦の代理戦争として、アメリカ主導の国連軍が韓国を支援し、中国とソ連が北朝鮮を支援する形で行われた――一九五三年に休戦協定が結ばれた。
その後、中国は一九七〇年代から改革開放経済を採用し始め、北朝鮮にも改革開放経済の採用を求める。北朝鮮は、冷戦期にはソ連が影響力を強めると中国の存在をアピールし、中国が影響力を強めるとソ連の存在をアピールして、バランス外交を行ってきたが、一九九〇年十二月十四日の韓ソ共同宣言と一九九二年八月二十四日の中韓国交正常化でその基盤が崩壊している。中国から改革開放経済の採用を促されても拒否し続け、今、経済的にも政治的にも孤立を深めている。
韓国人に強いナショナリズム、『私達は朝鮮人ではなく韓国人だ』と言える感情があれば、それはかつての植民地支配に対する被害者意識を伴い、同時に強い反日感情を伴う。韓国には『私達は偉大な朝鮮人だ』と言う人もいて、こちらも抗日に由来する反日感情がある。そして後者の中には北朝鮮を支持する新北派がいる。新北派が増えれば北朝鮮の南下、すなわち朝鮮半島有事の誘因になりかねない。
日本人でよく誤解している人がいる――韓国と北朝鮮では圧倒的に韓国が優勢だから、もしも統一したら朝鮮半島が韓国になる。しかしそんな保証はどこにもない。韓国で統一を望む人々とは左派で、左派は新北派がいる――むしろ北朝鮮になるのではないか。
韓国の若者の「三放(恋愛、結婚、出産の放棄)」や「ヘル・コリア」の実態はあまり知られていない。やはり日本の東京で暮らしていると、韓国と言えば韓流ドラマの俳優やケイポップのイメージが強い。国内の報道と相まって、韓国と北朝鮮の優劣(韓国が優れていて、北朝鮮は劣っている)は印象付けられるものの、韓国の若者が幸せかと言えば、彼らも苦境に立たされている。韓国の若者は、日本には労基署があって賃金の不払いが起きないという理由で、底辺労働をする為に来日する。
韓国の民主化抗争は一九八七年六月だった。軍事独裁に反発し、経済発展の為に民主主義が犠牲にされてもやむを得ないという考え方を棄て、民主主義と両立するような経済発展を模索しなければならないとした。しかし実際の韓国の経済政策は失敗続きだ。
日本も若者向けの経済政策は苦戦しているが、韓国ほどではない。経団連が日本型雇用慣行の崩壊を宣言して久しいが、高度経済成長期以来の新卒採用至上主義があった日本と、なかった韓国の差に違いない。日本型雇用慣行は確かに日本を延命させていたのだ。
――韓国よりはマシだ!
もっとも韓国の凄惨な現状、その最大の理由は、アメリカの同盟国グループで最前線に位置していることだ。韓国は朝鮮戦争以来、東アジアの要害を固めるようアメリカの指図を受けている――民主化抗争当時、アメリカが軍事独裁と対決する野党を支援した意味は、今でも専門家の間で見方が異なる。背景には中国の台頭――軍事力と経済力の両面で台頭する中国の反応が読み切れないという切実な事情があったのだろう。
――中国は強い。国際情勢に明るい有権者の間では、二〇一〇年頃には既に見通しが立っていた――日本は中国に勝てなくなる。日本は冷戦崩壊と同時に国際関係の中で経済成長する蓋然性――世界からの依怙贔屓を失ったままだ。
日本は昔の戦争で、中国人に殺戮の限りを尽くしたけれど、戦争は犯罪だから謝らされた――こういう認識だった人が、中国が強国になったと今更知ったパターンが、日本版極右に多い。
二〇〇〇年代に反日韓国人がよく日本のテレビで報道されていた――あれは、韓国側がやっと日本に物申すようになった時代の新陳代謝なのだ。
一九六〇年代の日韓国交正常化交渉の時代は、まだ経済力もなかったし、反共軍事政権という至上命題を抱えていた――韓国は、冷戦秩序の中でぬくぬくと高度経済成長期を迎えていた日本に、多大な譲歩をしたのだ。その際、我慢した言いぶんが、民主化から、十数年経ったあの頃、ようやく熱したマグマのような反日感情となって噴射されたのだ。
広島県広島市の平和記念公園には、韓国人原爆犠牲者慰霊碑がある。これは、徴用工で広島にいた韓国人の被爆者のために建てられたものだ。碑文には「悠久な歴史を通じて、わが韓民族は他民族のものをむさぼろうとしなかったし、他民族を侵略しようとはしませんでした」と書かれている。
太平洋戦争とは、日本が朝鮮半島を植民地支配した三十五年間の、最後の四年弱だ。日本人には「韓国併合」といって、植民地支配によって韓国を近代化させたと正当化する者もいるが、戦争を犯罪とみなす一方で、併合であれば構わないというのは不思議だ。
突き詰めていけば、正しい国境なんて誰が決めることでもない、一つの民族に一つの国というのも考え方でしかない。しかし、故郷、文明や文化に敬意を払わない人達に支配されない権利を、人は皆、生まれながらに持っていると信じたい。韓国と朝鮮に対する植民地支配だけでなく、中国に対して行った侵略も、当然日本は反省しなければならない。