法の支配とは――世界のルールとなれば世界中の人達の声――世論に連続的な法を制定して、誰しもがそれに従うことである。戦争は犯罪だ――この世論を法の支配の名のもとに世界の上空――天空に置いておく必要があるのは自明なことだ。
市民革命以来の人権思想の登場は、産業革命以来の資本主義社会の到来より、古く、資本主義社会から自由と平等を要請されたとは、産業革命に由来する労働者階級と資本家階級の階級闘争(民主主義と自由主義の争い)を通じた自由民主主義の起こりを担保するための「自由権的な自由と平等の要請(国家権力による侵害・干渉を排除して個人の自由な生活領域を確保すること)」だったとする論者は多い。
ヨーロッパの産業革命は国ごとに開始時期が異なり、先行したのは十八世紀後半のイギリスである。ベンタムはその時期の思想家で、功利の原理に依拠して立法を設計し直すべきだと主張した。彼は、抽象的な「自然状態」や「原始契約」を法の最終根拠とする議論を擬制として批判し、まず現に存在する法を分析し、そこから公共の福利を最大化する方向で改良を積み重ねるという、連続的な立法の営みを重視したのである。
名誉革命を経て絶対王政を退けたイギリスでは、市場の拡大や契約関係の一般化が進み、責任原則や救済手段を明確化する近代法の要請が強まった。もっとも、近代法の形成は賃金労働者階級の顕在化だけで説明し尽くせず、政治制度の変化、コモン・ローの展開、法典化運動など複合的要因の帰結である、とみるのが妥当である。
ホッブズの『リヴァイアサン』は、無秩序を回避するための強い主権の正当化を論じたのに対し、ベンタムは制度設計によって人々の利益と自由を測定可能に拡張しうると考えた。ゆえに、彼を「国家からの自由」対「国家への自由」という単純な対置で捉えるより、立法を通じて自由と福利を増進する功利的改革主義として理解する方が正確である。
ベンタムは、超人的統治者像や自然状態の仮構に依拠するのではなく、人間が「恐れ」と「必要」から社会を形成するという現実認識を起点に、可謬だが改良可能な法の連続的整備を説いたのである。
ベンタムの問題意識は拘束力のある法がどこからやってくるのか、という問いだ。
ホッブズの説く「自然状態」とは、共通の強制力(共通権力)を欠く状況を指すのである。そこでは、各人が自己保存のために何でも行い得る自然権をもつ一方、理性は争いを避け平和を志向する自然法(互いの自由を相互に制限し合うべしという心得)を命ずる。しかし、自然法はあくまで理性の訓戒にすぎず、履行を担保する権威が不在であるため、相互不信が支配し、結果として「万人の万人に対する闘争」へ傾きやすい、というのが要点である。
この構図は現代にも通底する。たとえばブラック企業問題では、法や社会規範に多数が従っているにもかかわらず、一部が「自分だけは逸脱しても社会は回る」と踏み越えることで、搾取やハラスメントといった社会の暗部が露呈する。ここで労働者・市民が告発・訴訟・運動を通じて問題を可視化し、現行法の不備を解説し批判し改正を促す営み自体が、社会の自己修正能力の表れである。
ホッブズは、自然状態を脱するには契約と強制力を備えた主権の樹立が不可欠であると論じた。他方、現代の立憲民主制における連続的な立法とは、成文法の改廃、判例の形成、行政運用の改善を通じて、社会の実情に法を接続し直す不断の過程を指す。これは国民主権と世論に深く依拠するが、両者と単純に同一視するべきではない。世論は立法の重要な資源でありつつ、法の支配や権利保障と整合するかを吟味する制度的手続(議会審議・司法審査・パブリックコメント等)を経て、はじめて規範へと昇華されるからである。
要するに、無秩序の危険と理性の訓戒というホッブズ的緊張関係は、現代社会にも形を変えて残存する。ゆえに、逸脱の誘因を抑え、可視化された欠陥を法と制度に反映させる継続的な立法・運用の改良こそが、安定した自由と公正を支える鍵なのである。
ここで刑罰とは、自由の範囲を規定したものだ――犯罪に対する法律上の効果として、犯罪を行ったものに課せられる制裁である。刑罰の存在意義として、社会に対する警告としての一般予防論と当該犯罪者の更生を促すとする特別予防論がある。一般予防論と特別予防論は共に、目的刑論であり、刑罰は犯罪を抑止する目的で設置される性格を持つという考え方であることに違いはない。
――凶悪犯罪が日本で増加しており、これに対応するために刑罰を強化すべきだろうか。では目的刑論の考え方でこの意見の妥当性を検討する。
たとえば器物損壊事件において、「突発的犯行」と対置される概念は「計画的犯行」である。犯人が自己の利益と予想される刑罰を比較衡量したか否かは、突発性・計画性の判断とは別次元の問題である。仮に犯行現場で、さらに傷害にまでエスカレートさせるかを逡巡したとしても、その思い止まりの理由が比較衡量によるのか、あるいは別の要因によるのかは、なお別の問題として区別すべきである。刑罰は、犯罪行為には償いが必要であるという事実を社会一般に周知させる契機となる。我が国は罪刑法定主義を採用し、刑罰の内容と限界は法により明確に定められている。これにより、償いの有無のみならず、その概ねの大きさについても社会的理解が形成されてきたといえる。もし人がその「償いの大きさ」をおおまかにでも認識していたがゆえに思い止まることができたのであれば、抑止力は働いたと評価でき、同時に「それほど重い償いを要するほどの害悪を他者に加えるべきか」と自ら問う道徳的熟慮を促した可能性も小さくない。
日本において、条文上の刑罰の強化は立法府の判断に委ねられる。他方で、個々の事件に対する量刑や法の適用は司法の役割であり、その判断は立法・行政から独立していなければならない。いずれにせよ、刑罰の強化は原則として個々の犯罪類型に即して検討されるべき事柄である。もし一定の意見が世論として広く形成されれば、その意思は主権者の声として立法・司法の双方に間接的に影響を及ぼし、結果として刑罰が強化される可能性はある。
もっとも、被害者・被害家族の報復感情のみが先行し、外見的な強権主義に傾くことは、法の支配の観点から是認しがたい。望ましいのは、道徳的熟慮を促すという観点を念頭に置きつつ、その範囲で合理的・必要最小限の刑罰強化を検討することである。逆に、刑罰の強化が冤罪への過度の恐れを生み、捜査・執行機関に対する過剰な「自衛」行動を誘発するようであれば、かえって道徳的抑制を育むことには資さない。以上を踏まえ、刑罰政策は抑止・応報・教育の諸目的の均衡を図りつつ、冷静な制度設計のもとで議論されるべきである。
犯罪および脱法――国家レベルでは戦争や不平等条約として現れる――は、法が道徳を涵養し、その道徳に即して連続的立法が進むという規範的テーゼに対する経験的アンチテーゼとして機能する。
西周(にし あまね)という明治時代の学者も、杓子定規な法律とは違い人間味あふれる寛大なもののように見える道徳を用いた統治や教育は、しかし実際には法律以上の要求を人々に課し、しかもそれを自発的にするよう強制する行為になりがちという認識だった。
西は、当時の軍人の横暴な振る舞いや犯罪を問題視していた。しかしそれらを道徳の問題とすることには戸惑いがあった。西は、法律と道徳とを比べ、法律は最低限のことを規律するが、道徳は、要求度の高い実行困難な要求を含んでおり、法で制限するよりも道徳を諭すことのほうが自由な領域を減少させることにつながると考えていた。道徳を強調する言説は、結果として、逆説的にも、道徳的な人間ではなく悪人というレッテルを貼られてしまう人間ばかりを多く作り出すことになってしまうというのである。
西は、慣習法下にいる人々は、それが法であるから守るというのではなく、自らが自然に守ることによって形成し続けられている秩序の体系に無意識のうちに加わっていると理解していた。
西は、ある秩序への服従を国家の強制力によって獲得するというのでも、立法意図への賛同によって獲得するというのでもない、各人が秩序の存在それ自体すら意識することなく習慣的にその秩序に従っているような状態を理想としていた。
明治日本の法システムを考える西は、旧慣によって形成される秩序と、権力者の命令としての成文法によって形成される秩序とをめぐる大きなジレンマに陥っていた。西の評価する慣習法システムとは前者であるが、日本の江戸時代から続く旧慣や伝統そのものの重視とは同義ではなかったためである。そして明治日本は成文法によって形成される秩序を選ぶのであった。
軍隊秩序においても、西は、処罰されるから命令に従うというのではなく、自ら進んでという以上に、命令に従っているという特別な意識もないままに、各人が命令によって形成されている秩序の中に自然な形で含まれてしまっている状態こそが、秩序がより強く維持されうると言う理由で理想的だとした。
結局のところ、われわれが目指すべきは、道徳の名を借りた過剰な要求でも、慣習への無反省な回帰でもなく、公的に検証されうる理由に裏づけられた「法の支配」を連続的に更新することである。戦争を犯罪とみなし、その否定を「天空」に掲げる規範的意思は、ホッブズの示した無秩序への警戒と、ベンタムの制度設計による改良主義の双方を足場に、可視化・審議・改正という手続きを通じてこそ持続する。刑罰は抑止・応報・教育の均衡の上に設計されるべきであり、報復感情の昂進や「道徳」名義の統治が自由の領域を蝕むことは、西周の洞察が示すとおり警戒すべきである。旧慣が生む自発的秩序の力も、成文法による明確性の力も、ともに民主的統制の下で相互に補完されるときにのみ正統性を得る。ゆえに、私たちは世論を法へと媒介する制度(議会審議・司法審査・公開討論)を鍛え、逸脱の誘因を減ずる具体の改良を積み重ねながら、「戦争は犯罪である」という普遍的規範を地上に実装するほかない。すなわち、他者を一括りにする情念でも、空疎な理想の宣言でもなく、可謬だが改良可能な法をとおして、人権・自由・平和の三者を同時に守り抜く——それが本稿の結論である