十月二十六日の日曜討論で小泉防衛相が述べたこと――日本の安全保障環境は「非常に厳しい」とだけ説明がありましたけれど――かねてからはたしてきた国際社会での役割を果たし続けられないという意味なのか、一寸先は列島が火の海という意味なのか曖昧なまま言葉が独り歩きしているなと思いましたね。また片山さつき財務相は「世界市場で勝てる産業への投資をする」という立場を示しました。
国防を考える際に、せいぜい六つか七つ、主権国家が思いつく程度の人は、失礼を承知で申し上げると「足りていない」です。環太平洋国家――そこにはロシア、中国、北朝鮮も含まれるのですが、八十年前と比べて多くの主権国家が経済成長をしました。太平洋上で戦争が起きることを誰も望んでいないのですから、日米同盟とは世界平和のために必須なのです。しかし、なぜ東アジアを威嚇するためのミサイルばかり購入するのでしょうか――太平洋の安全が目的であれば、潜水艦や海上自衛隊員の拡充のほうが合理的です。アメリカの要求は真意がわかりかねるものばかりです。

右派は循環論法に陥っています――軍拡をして大国と渡り合いましょう、だから市場競争の勝者をさらに勝たせましょう(ただし表向きは優勝劣敗のマーケットで改めて勝っていただく形になります。中国のような直接的な産業保護政策はアメリカに叱られます)、さて、であれば左翼思想は外患を誘致するとして排撃したらよいのではないでしょうか――であれば軍拡をしましょう。
バイデン・岸田のホットラインのような「外交努力」という価値観は、今、有権者から「弱腰」と言われています。この有権者の認識は非常に危険です。自国が、実力で外国を黙らせる強面であることを、他ならぬ有権者が望むようになり、日本国政は危篤に瀕している。軍国主義批判などは左派に追いやられていて、一昔前であれば平均的な有権者の論述だった内容が「左翼思想」のレッテルを貼られつつあります。
右派と左派の隔たりが大きくなると、危機感をもった中間の有権者たちが多く生み出されます――ここに「がんばろう、日本」のような日本人美化が急速に浸透している状況です。日本人美化は外国人差別の温床になりますから、「日本列島は日本人の土地だ」という考え方は、今後、ますます公然と発信されると思われます。
しかし、日本人を「日本人」と呼んでひとまとめにするのは危険だと思いますよ。生きて来て不遇を囲い続けた人もいます。誰を憎んでも誰かが得する社会で、憎しみなんて馬鹿ばかしいと飲み込んで我慢してきた人を最後、致命的に怒らせる気がしますよ。今、日の丸を手にする人は、生まれてこの方、無難に生きて来て、心底人を憎んだことのない加害者側の人間ですよ。日本は、いじめられっ子にいじめっ子を見習えと教育する国ですからね。その一方で、いじめっ子は新聞も読まない、本当は不勉強な民族です。そんなのが団結するなんて、弱者にははた迷惑なのです。
特に、高市政権が日本だと思っているのは日本の利権です――これは会社の社長やエリートだけを指して日本人と呼ぶ試みと同じです――にもかかわらず、日本人を一枚岩にしようとする、これは搾取です。狭い意味の日本人による、広い意味の日本人への搾取なのです。
国民はなし崩されています――政治家が政治家である個人の利益を追求する事に憤慨しない――彼女は政治のリーダー様だからね。そういう空気が出来上がっている。結局、大勢の国民を焚きつけて一方向に強力な推進力を帯びることも政治であって――それが成功すれば成功した政治なのです――と言った時に、「それは聞いていない」と愕然とする人まで燃料になっている。今、進んでいく方向が「正解」だと純朴に信じて燃料になっている人は理解し切れていない。軍拡も移民受入も量的な議論が不可避になりつつあるなかで――国民に配られるのはデマばかり。有権者は率直に、「政治危機である」と誓願すべきだ。しかし現実には高市政権の支持率が高く――あなたまかせの有権者ばかり。左派が大いに見落としているのは、右派にとって政治家とは――偉い人。お任せする人。そういう認識が想像を絶するほど頑固だということ――そして凡庸な有権者は「腰」しか見ていないということ。岸田は弱腰、高市は強気――そんなことでしか評価していないということ。

これなら、高市政権も有権者も、中国を怒らせて戦争になっても――そもそもそういう「ならず者国家」に対して前もって備えていたと言い訳が出来る――だから論点として「戦争責任」という単語を今から持ち出すべきなのだ。加害者 vs. 被害者という見え方、考え方が悪い意味で女性的な高市政権――しかし戦争はハラスメントではない。

一口に差別といっても、価値相対的なものから、文化相対的なものまで幅が広いのですが――そのような言説に気をつけるのは当然のことだと思われます。

一昔前なら「優秀な変わり者」だった人が、皆、病人にされている。それだけ会社組織が機能しなくなっている証拠。日本企業の弱体化とは、包摂できる従業員(労働者、人間)が減ったことからも垣間見れる。それは全て、困窮しているから――輸出で富を外国から引っ張る企業だけ勝たせる政策によるもの。日本維新の会が「市場経済」をマンセーしているけれど、日本経済は非常にセクショナリズムで、要は金の成る木にぶら下がるだけの八百長試合なのです。マーケットで勝負なんて、やってそうで、やっていない。まず政治に恵んで貰える大企業があって、そこに上手くぶら下がる別の大企業があって、そんなことをやっていくうちに負け組にはほとんどおこぼれがない。やがて倒産したり、内部でハラスメントが横行してブラック企業化したりする――精神医療も「困ったちゃん」を容赦なく病人にするようになった。ストーカー規制法で警察までグル、そういう絶対にテレビでやらない政治の潮流があることを国民のほとんどが知らされていない――暗躍している。