高校生のいじめと『もう高校生』という認識の危うさ

いじめは、高校生になると本当に減少するのでしょうか?筆者は何度か「高校生にもなって『いじめ』なんて誰もしないよ」という言葉を聞いたことがあります。その背景には、実際に中学生と高校生でいじめの認知件数に大きな差があるという事実があるのでしょう。文部科学省の平成30年度調査によれば、中学校で認知された件数は97,704件である一方、高校では17,709件。確かに高校ではいじめが減少しているように見えます。このようなデータを踏まえると、「もう高校生だから」という認識が広がるのも理解できます。

しかし、高校生におけるいじめが形を変えて続いていることは無視できません。特に深刻なのは、インターネット上での誹謗中傷、いわゆる「ネットいじめ」です。同じ平成30年度のデータでは、ネットいじめが中学生で8.3%、高校生では19.1%という割合を占めています。これは、中学生よりも高校生の方がネットいじめに依存する傾向が強いことを示しています。SNSやメッセージアプリの普及により、「なりすまし」や「加害者不明」のいじめが増え、知能犯化しているのです。

ネットいじめの大きな問題は、舞台が「教室」という物理的な空間から「私的なオンライン空間」に移ったことです。加害者は匿名性や遠隔性を利用し、被害者を執拗に攻撃します。その結果、被害が表面化しにくくなり、学校側も気づきにくいという現実があります。また、ネット上でのいじめは教室内でのいじめに発展するケースも少なくありません。ある研究では、同性愛者やジェンダーマイノリティの生徒がネットいじめのハイリスク層であることが示されています。

ネットいじめを防ぐには、単にネットリテラシーを高めるだけでなく、教室という集団全体の関係性や環境を見直す必要があります。荻上チキ氏は、自著『いじめを生む教室』の中で、いじめを個人の特性ではなく教室全体の環境問題として捉える「環境的アプローチ」を提唱しています。例えば、教員が意図的に生徒間の関係を悪化させるような行動を取れば、いじめが発生しやすい教室になることが指摘されています。逆に、教員の適切な介入が教室の関係性を改善し、いじめを防ぐことが可能であるとされています。

高校では、中学に比べて教員と生徒の距離が遠くなる傾向があります。平成30年度調査では、中学で82.5%の学校が実施していた「生活ノート」や「日記交換」が、高校では16.5%まで激減していました。また、家庭訪問も中学の74.5%に対し、高校では29.8%にとどまっています。このように、高校では生徒が自己責任で人間関係を構築しなければならないという暗黙の期待がある一方、教員の介入が限定的になっています。

また、いじめの有無で教員が行う対策にも差があります。たとえば、いじめが認知された高校では91.6%が個別面談を実施していますが、認知されていない場合は80.9%に減少します。一方で、日記交換は認知の有無に関わらず16%程度でほぼ変化がありません。このデータからも、高校ではいじめが発生して初めて対応する「事後対応型」の傾向が見られます。

「もう高校生だから」という言葉には、被害者だけでなく加害者に対しても自己責任を求める含みがあります。しかし、高校生はまだ完全に大人ではなく、特定の教室や集団という閉鎖的な環境の中で過ごしています。このような環境では、大人社会に適用される法律や規範が十分に機能しない場合が多いのです。

例えば、ネットいじめの加害者を法的に罰するには、刑法や一般社会の規範に基づく明確な証拠が必要です。しかし、高校生はまだ発展途上の段階にあり、過度な処罰は成長の機会を奪うリスクがあります。一方で、学校側が加害者に厳しい処分を下すには、司法による被害認定が欠かせず、このプロセスが不十分な場合、学校は問題に手をつけられないこともあります。

こうした課題を踏まえ、荻上氏が提唱する「環境的アプローチ」には大きな意義があります。このアプローチでは、教室を一つの「ブラックボックス」として扱い、外部からの介入や環境整備によって現象を変化させることを目指します。具体的には、生徒間の関係性を重視し、教員が積極的に環境を調整することでいじめを未然に防ぐ試みです。

例えば、信頼関係を構築する活動やグループワークを通じて、生徒間の結びつきを強化する方法が挙げられます。また、いじめが発生しやすい状況やトリガーを早期に察知するためのアンケート調査や観察も有効です。さらに、教員自身がいじめを発生させない「安全な教室環境」を作るためのトレーニングを受けることも重要です。

高校生のいじめは、中学生に比べて目立たなくなる一方で、ネットいじめのように形を変えて続いています。「もう高校生だから」という認識が加害者にも被害者にも広がる中、教室という閉鎖的な環境でどのように問題を解決するかが重要です。環境的アプローチを通じて、いじめを個人の責任に押し付けるのではなく、教室単位で改善を目指す取り組みが求められています。特に、ネットいじめのような知能犯化した問題に対処するには、教室の環境づくりが一層重要な意味を持つでしょう。

制作者のあとがき

引用しているデータが平成30年度(2018年度)と少し古いので、可能であれば最新の統計データを調査し、引用することで説得力が増します。

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